• Naoki.

僕と絵。(長文)

僕は

4歳ぐらいの頃絵を描くことを覚えました。

多分もう少し前から描いてはいたけど

それはほんのお絵描きレベルで

水彩の世界に入ったのは

4歳ぐらいの頃です。


年齢一桁の頃は

ずっととある絵画の先生のところに通って

水彩画を描いていました。


だけど

絵でどうしようとかは特になく。

そもそも

自分が絵が上手だとも

思ったことはありませんでした。


その絵画の先生のところに通っていた頃

同い年のすこぶる上手に描く少年がいて

その天才ぶりにたまげて

既にそのとき

越えられない存在に対する憂鬱や尊敬に似た感情が

自分の中に湧き上がるのを感じていました。



でも

当時僕には別の方向に強い興味がありました。


文の世界です。


図書館に行けば図書カードの上限を常に満たして

借りてきた本を家に帰るまでに待てずに

帰りの自転車のハンドルの上に開いて走るので

何度も電信柱にぶつかって

自転車のかごが原型からどんどん離れていくほどでした。


そうして

小学校低学年の頃には

図書館の児童書のエリアの本を紙芝居に至るまで全て読みつくし

大人の本のエリアに入ったり出たりしながら

読めそうな本を探してよくウロウロしていました。


絵を描くことより

文章を読んだり書くことの方が好きだった幼い頃で

幾度と

作文や弁論大会で賞を重ねていたので

てっきり

自分は物書きになるものとばかり思っていたのです。




集団の中に入り出してから長い間

僕は友達がいませんでした。


生まれてからずっと海外に縁があり

当時の閉鎖的な社会では浮いてしまい

なかなか受け入れてもらえなかったのだと思います。


周りからの手や足や言葉による色々なことがあったけれど

大して苦ではなかったのは

僕の頭の中には沢山の言葉があって

自身の感情や思考を並べることができたからだったのではないかと

今となっては思うのです。




時が過ぎ

まだ小学校を卒業するなんて想像も出来ていなかったある日

僕は海外に行ける選択肢を与えられました。


海外に行くだけなら既に数十回と行ってはいましたが

海外の学校に通うのは初めてでした。


選択肢を与えられた時

僕には迷いがなかったような気がします。


そして

やっと二桁の年齢になるかならないかの小さかった僕が選んだ学校は

芸校でした。



文章を書くことが好きだったのに

無意識に美術を選んだのです。


初めての受験でした。


絵を描きました。

どうしても行きたくて。

自分はそこまで上手じゃないとか思っていた思考は

もう消えていました。

その時キャンバスに向かっていた自分には

ただ一つの念しかなかったように思います。


初めて

自分で選んだ道を歩み出した最初の日でした。



幾つかの季節が流れたある日

合否の通知が届きました。


合格でした。


僕が初めて自ら手にした「自信」でした。




希望と期待で膨らんだ胸にそわそわしながら向かった新しい地に降り立った日でしたが

それは

僕の

本当の意味での人生の葛藤と挫折と這い上がる根性を試される

始まりの日になりました。


僕が預けられたホームには

沢山の欧米人がいました。

日本にいる頃から英会話はずっと教育されてきましたが

全く太刀打ちできないはるか高いレベルに圧倒されたことを覚えています。


それでも

そんなことはお構いなしに日常は始まりました。

今まで友達のいなかった僕が

朝の爆音でかかるなんだかよく分からない英語の激しい曲に飛び起き

みんなが流れていく方向へ向かって入った食堂で

みんなが手に取るプレートを

その長い腕が交差している中なんとか獲得し

朝から油ののったスクランブルエッグやメイプルシロップが大量にかかったでかいパンケーキを食べました。

食べ終わった人たちが次々とテラスやサロンに集まって談笑していて

僕は仲間に入れるか分からないまま空いた椅子に座って

半分何を言っているのか分からない英語を聞いていたりしました。



学校が入学式を迎え

ここでまた新しい初日が始まりました。


僕は幾つもあるクラスからなじみのある水彩画を選択しました。

ところが

これが苦難の始まりでした。

そもそも水彩画はあまり上手じゃないのです。

でも水彩画しか描いたことがなかったので他の選択肢が頭にありませんでした。


そして当然

世界は広く大きかったのです。

周りの絵のレベルは

到底追い付けるものではありませんでした。


段々絵を描く気力がすり減ってきた頃

二年生に上がるタイミングに差し掛かり

新しくクラスを選びなおすことが許されました。


僕は飛びついて別のクラスを選択しました。


それが

空想画との出会いでした。


このクラスが始まると

僕は僕の中に稲妻が落ちるような衝撃を受けました。

今まで僕が知っていた絵の世界とはまるで反対だったからです。

水彩画の世界ではよく

そこにあるものを描くように言われることが多かったのに

ここではないものばかりを描けと言うのです。


自由を知った瞬間でした。


それが途方もなく楽しかったのです。



そして

絵に正解がないことを知り

僕はどんどん自由になり

筆を投げ捨て

木の実や木の葉を拾ってきて貼り付けてみたり

雑誌を破って貼り付けてみたりしながら

僕の内側を引き出す方法を探す楽しみを見出しました。


絵を描くことが

強みになりました。



それでも

僕には絵を仕事にする考えは全くありませんでした。

誰かのためになるとは思えなかったからです。

僕にとって誰かに向かうことが

仕事にする上では大事だと思っていて

でも

僕には数年前までそのアイディアがありませんでした。

勿論芸校では

ひたすら自分の内面と向き合うことを教えられ

僕の望むカタチの誰かに繋がるという概念や環境はありませんでした。



だけど

僕は今こうして絵を描いています。


思いもしなかったけど

僕の内側が誰かと繋がるかもしれない

そんな道を見つけることが出来て

この上なく幸せです。




絵を描くことと

服をリメイクすることを

別々にやっていたあの頃の時間が

流れて今

一つになりました。


今後も

誰かの高揚に

そのたった一人のたった一瞬のために

一枚の絵を捧げ続けていきたいと思います。


Naoki